年齢=貧乏人が貧乏でも貧乏の楽しさを伝えられたらいいな物語

年間100冊以上の本を読んでいます。ノウハウや私貧乏人である貧乏術などの記事を書いています。

貧乏人が通う床屋さん。につてい語ろうとしたが、小説風になってしまった。

f:id:transparent1289:20190506031007p:plain

こんにちは、

年齢=貧乏歴のあぽろんと申します!

 

外は気持ちいですね~~(*´ω`*)

熱くもない寒くもない、、

ちょうどいい気温に

ちょうどいい風!!

 

いいですね~。

その日がずっと続けま良いのにっと

おもっているあぽろんでございます。

 

ではでは、早速ですが、

定番の貧乏飯をご紹介します!!

ジャン!!(`・ω・´)シャキーン

f:id:transparent1289:20190505174902j:image

・ウィンナーそのまま入れちゃいました!カレーです!!

ここでまた、貧乏あるあるポイントだよ!!

 

貧乏飯は見た目の芸術性なんて気にしません!!

低コスパでお腹いっぱいに食べれればいいのです(。-`ω-)

 

具材がなかったので、コーンを入れて

具を沢山いれてますよアピールしてます。

 

今回は豪華カレーな方です。

もう、具なしカレーでもよくないかっと

思う貧乏人です(。-`ω-)

 

野菜は高いじゃないか!!

 

食べてみた感想

もちろん美味しかったです。

どこにでもありそうなカレーといいますが、

貧乏らしさを感じさせられるカレーで

ほっこりしました(´ω`*)

 

床屋貧乏物語

わたくしあぽろんが

貧乏ながらもずっと通っている床屋さんについて

お話したいと思います。

 

ある日小さな床屋さんがありました。

その床屋さんは、客が少なく基本ガラガラです。

 

もう何年働いているのだろうか、

そう感じさせる男性と女性、

それから、見習いなのかオドオド強い人。

 

そこの床屋さんは、いつも3人で

来られたお役さんの髪を切っているのである。

 

わたしは、いつもながら、

顔そりなしチケットを買うために、

歴史を感じさせる自動販売機の口にいれるのである。

 

札を2枚、コイン3枚と、、、

ウィーンという音のあとに数秒後に

下口の方からチケットがでるような仕組みなのである。

 

そのチケットには、わたしが指定した

顔そりなりという表記と数字が記載されている。

 

その数字は、恐らく、来客数が記載されているのだろう。

 

夕方に散髪に来たわたしは、

今日の数字もいつもながら覗いてみた。

11という数字が印字されていた。

床屋に行くたびに、

今日はどのくらいのお客さんが

来客しているんだろう。っと

確認する楽しみの一つにでも

なっていたことに気づいたのは

いつのことだろうか、、

 

チケットを購入した後、

いつもながら、

私の方に床屋さんの誰かが寄ってくるのだ。

 

人がいないから、暇なのだろうか、

対応力に速さには感動をするべきなのだろうか。

 

わたしは、案内された席に移動して、

一呼吸した後に

よいっしょ!っと言って

座すのがお決まりになっているような気がする。

 

 わたしの髪を切る人はだいたい決まっているのだ。

いつもの男性である。

もう、ここで何年働いているんだろう、、

っと毎回のごとく感じさせるほどの方なのである。

っと極端な言い方になったが、

10人中10人の人が

もう定年は確実に迎えているだろうと

感じると思う。

 

そのおじいちゃんは毎回のように

お決まり言葉から始まるのだ。

 

、、、もう、職は決まったかね。

 

わたしは、心の底で

またかって思う。

 

しかし、

不思議なことにモヤモヤしたような

気持ち悪さはないのである。

 

わたしは、数秒時間をおいて

、、、 あ、いえ、、まだなんです、、

っとしらっけっぽくいう。

 

おじいちゃんは、

そうか、まぁ、じっくり考えな、、

しかし、早く正社員にならんとな、、

 

私は嫌な気持ちになるだろうか、、

っと自分自身を見つめてみるのである。

 

とりあえず、

相手に話を合わせようと、

わたしも、いつもながら

お決まり文句を言うのである。

 

、、、そうですね。

 

会話だけなら

近代社会において

今話題のAIとかいう

自動ロボットに任せられるほどの

機械化された会話である。

 

おじいさんは,

わたしの髪を切りながら、

いつもながら、

どこの学校の卒業だったかの?

何を学んでいたのかの?

パソコンは得意なのかの?

何しているのかの?

これからどうするんだい?

 

っと根掘り葉掘り

プライバシー関係なしに

聞いてくるのである。

 

わたしは、いつも

同じことを聞かれるので、

嘘を言って

そのおじいさんを

騙して試してみようかと

思うことがあるのである。

 

しかし、

おじいさんも

わたしを嘘を言う人なのか

っと試しているのかもしれない。

 

おじいさんに嘘をついたところで、

何もメリットが生まれない。

むしろ、嘘をついていることに

いちいち覚えていなければならない方が

面倒だと思う。

 

わたしは、

いつもと同じように

聞かれたことに対して、

あいまいさを加えながら、

言うのである。

 

 おじいさんは

察したのだろうか、、

私への質問から

自分の趣味について

話し出しだしたのだ。

 

ワシは3年前から小説をかえているのだけど、

中々、第一審査が通らないのじゃ

 

わたしは、っあ

以前もそんなこと言ってたなと

思い、

そうなんですね、、っと

素朴風に答えたのである。

 

もっと、気の利いた答えをできない自分に対して

罪悪感らしきものを感じたのだろうか、、

 

おじいさんは、

わたしの答えに対して聞こえたかどうか

分からないが、

話を続けだした。

 

ん~、平仮名で書くべきなのか

漢字で書くべきなのか、

平仮名だと柔らかさを与えて

漢字だと強調さを与えるんだ。

どうも、小説を書くときに。

その区別に困惑するのだよ。

どうすればいいんかな?

 

っと小説の知識に対して

限りなく無知に近いわたしに

 問いただしてきたのだ。

 

わたしは、数秒と間を開けて言った。

、、、わからないです。

 

私は心の中で

っあ、なんて冷たい対応をしてしまうんだろう、。

己のコミュニケーション力の低さを

再び感じるのである。

 

そうこうしているうちに、

散髪は終盤に差し掛かっていた、

 

散髪は、だいたい30分から40分くらいで

終わるのだ。

 

髪を切り終えた後は、

髪を洗い、乾かし、

最後に、調整として再び髪を切るのだ。

 

髪を乾かすときは、

おじいさんから若い見習いの男性に代わるのが

定番だ。

若い男性は、オドオドしている。

いつも自分のことを後回しにして損をしている様な人に

 見えるぐらい、人の良さが使わってくる。

 

若い男性は、どうやら話すのは得意の方ではなさそうだ。

わたしが、そう感じてるとは、何様なんだと思うこの頃である。

 

若い男性は、わたしの髪を洗いながら言うのである。

今日はいい天気ですね。

暑くないかい?

 

わたしは、言った。

良い天気ですね。

暑くなかったですよ。寒くもなかったです。

、、、

 

会話はそこで切れ、

それっきり若い男性との会話はなかった。

 

髪を洗い終わり、

髪と整えるのだが、

また、おじいさんに代わるのである。

 

おじいさんは、

どうやら、不愛想なわたしと

もっと話をしたかったみたいで、

髪を洗っているわたしを見ながら、

それが終わらないか

待ち遠しい思わせるくらい、

わたしに話しかけてきたのだ。

 

ハローワークは行ってるんかい?

 

唐突に

ぶっ飛んだことを聞いてきたのである。

 

わたしは、

気の利いた答えができなかったことに

罪悪感を感じているのだろうか、

おじいさんの鍛えに答えようと、

こう言った。

 

ハローワークは行ってないけど、

色々と調べてます。

 

そうか、、

おじいさんは、少し安心したような風に

言った。

 

おじいさんは、なぜか知らないが、

毎回のごとく

ワックスは付けるか?

っと聞いてきた。

 

わたしは、とくに何もつけたくないので、

いえ、、、

っと即答えた。

 

おじいさんは言うのである。

いつもは、ワックスを付けてるんか??

 

前もなんそこと聞いたよなっと

心底同じようなことを問いただす人だな。

年のせいなのか?

試されているのか?

っと思いつつも正直にわたしは言った。

 

、、、いえ、基本何もつけないです。

 

おじいさんは、言った。

そうか、、、

 

わたしの一門一答に

会話が続かない。

 

 おじいさんは、

ワックスを付けるのが好き

みたいで、なにかしら何をつけたがるのだ。

 

それを知っているわたしは、

 

っあ、あの髪がサラサラになるやつお願いします。

 

っと言うのである。

 

おじいさんは、

トリートメントのことか、わかった。

っと言い。

 

トリートメントと己の手に

一滴二滴と付け、

手のひらいっぱいに伸ばして、

わたしの髪を整えるのだ。

 

わたしのそのたびに

おじいさんの几帳面さを

感じるのである。

 

おじいさんは、

昭和風に髪をセットするのが

好きみたいで、

毛先の隅々まで、

トリートメントをつけて、

髪の毛をセットするのである。

 

わたしは、

その時代を感じさせる

セットに

古臭さを感じながらも、

感動している自分がいることに

気づいていたのだろうか。

 

時代の違いによる良さ

っというものを

感じていたのである。

 

もちろん、

この昭和を感じさせるセットを

周囲の人にみられるのは恥ずかしい。

しかし、

なんだか、わたしは、

見慣れない新しい発見を好む人みたいだ。

 

おじいさんは、

わたしの髪のセットを終えた。

 

おじいさんは最後に

毎回のごとく言うのだ。

 

おし!新しいことにどんどん挑戦しな!

 

っと励ましの言葉を。

 

いつか、おじいさんの小説を

読んでみたいと感じるところなのだろうか。